前世の法則 その13. 現代の他人の前世を公にしてはならない

前世の法則

前世を調べていきますと身近な人に限らず、

あの人が、前世ではあの人だった。

なんて事が判る事も珍しくありません。

自身の前世を公にするのは、しない方がよいという事は、前回言った通りです。
参考:前世の法則 その12. 有名な前世が判った時に気をつけること

自分の前世に関しても、自身の思いや意義がある場合のみにしておいた方がよいのです。

しかし。

これが他人の前世となりますと、もう絶対に公にしてはいけないのです。

他人の前世が判ったとしても、それを公にすることは強力に負のカルマを背負う事になるからです。

1.現代の他人の前世を公にする事で背負うカルマとは

その負のカルマは2つあります。

Ⅰ.怨恨が残っている時空間では、怨恨が深まる危険性が高まる

現代の時空間では怨恨がまだ完全に無くなった訳でもありませんし、利欲、嫉妬もまだまだ残っている時空間です。

この時空間の中で他人の前世を公にしたとします。

その方の前世に対して怨恨や利欲、嫉妬が残っていなければよいのですが、実際には残っているケースもあるのです。

この場合、前世療法や前世ヒーリングと真逆の事が起こりうるわけです。
愛が満たされていない時空間だからです。

その人達の憎しみ、怨恨がより深まってしまう。
そういった危険性があるのですね。
それは非常に恐ろしい事なのです。

よく考えてみてください。
逆に自分がそのようになった場合。
誰かによって自分の前世を公にされ、それによって苦しむ人生。

もし自分がそのような事をしますと、いずれ自身がそのような目に遭うようになります。

全ての人が恨まなくなる。許す事ができる。
そのような世界が既に実現していれば別ですが、その状況が実現していなければ、逆効果になってしまうのです。

Ⅱ.利欲、嫉妬によってその人の自由を奪ってしまう

2つ目はこれがかなり大きいのですが、その人の前世を公にしますと、
その人の自由、可能性、選択を奪う事になります。

例えば、現代の有名人で、有名な前世があったとします。
そしてその前世を公にしますと、その影響でその人の評価を悪化させたり、余計な負担をかける事もあります。最悪の場合、その方がもう生活ができなくなる可能性まであります。

一例で言えば、前世で何か犯罪を犯していたとします。
もしくは、それに近い事をしていたとします。
その場合、その人はそういったレッテルが貼られてしまいますよね。
となると、それが原因でその後生きる選択が限られてくるのです。
場合によっては、その後の人生を狂わしてしまう原因にもなるのです。

そもそも、人は生まれた時、前世の記憶がなくなった状態になるのは、転生で人生のやり直しやカルマ解消をしていく事が1つあるのです。

その邪魔をする事になるのですね。

前世で有名人であっても、今世では目立たない職業であったり、無名の人である事も実は、かなり多いのです。
これはカルマ解消、もありますし、その人の選択でそういう事もあるのです。

本来なら、前世がどのような人であれ、仮に極悪非道の人であれ、今世で生まれているのであれば、実はカルマ解消の道をいただいている訳です。

ですから、カルマ解消の邪魔をしてはならないのです。

つまり、現世で生きている人の前世を公にすることは、その人の人生を尊重しない、妨害する行為に他ならないのです。

もし、どうしても伝えたいというのであれば、その方が聞きたいと希望した場合だけで、1対1で誰にも聞かれていない状況でのみ伝えるようにしてください。

2.故人の前世を言うのも基本はやめた方がよい

故人の前世であれば、今世に生きている訳ではないので、直接生きた人に影響を与える訳ではありません。
ですから、生きている人の前世を公にする事に比べるとカルマはかなり減ると思います。

ですが、故人の前世を伝える場合でも、これも捉え方によっては差が出てきます。

仮に、Aさんの前世がBさんだったとして、一般的にはどちらかが良く、どちらかが低い(悪い)といった捉え方をすると思います。

ですから、良く捉えるなら、出世したとか、学びが進んでいると受け止められる事が多いですが(実際にはそう捉える人の方が多いとは思いますが)、悪く捉えるなら、Aさんの前世がBさん、それはAさんを貶めている、と言った捉え方をするでしょう。

これも結局愛のある時空間で伝えられているかどうかが大きいのです。

よって、書いたり、言うにしても、人を限定するとか、時空間を限定する方がよいと思います。

公にするのは止めた方が良いでしょう。

3.故人の史実を伝えるのは、愛があるかが重要

故人の史実を伝える事は、これは随分と違ってくると思います。
伝記や物語を作るのとあんまり変わらないレベルだからです。
基本的には大丈夫ですし、むしろ、より良くなる可能性がありますよね。

ですが、これも愛のある内容として限定した方がよいです。

例えば、言われの無い罪を負わされているのに、実はそうではなかった。
なんてケースは、公にしても良いでしょう。

一例で言えば、平清盛は「奢る平氏久しからず」という扱い、奢っていたから滅んだ、という内容ですが、実際には私は違っていると思っています。むしろ、私の記憶の中では謙虚なイメージがある位ですし、求心力も物凄くあったとも思っています。

ただ、逆のケース。
イメージが良いのに、これを蒸し返すようなケース。

本当は英雄なのに、その実は極悪非道であったとか。
このような事は実際にそうだとしても止めておいた方がいいとは思います。

真実、真相を追究することは重要ではありますが、それよりもっと重要なのは、愛を与えていく事にあるのです

4.まとめ

結局は愛のある時空間かどうかという事が重要になってきます。

公にしてはならないというのは、公の世界がまだまだ愛が足りていない、怨恨、利欲、嫉妬に満たされた時空間だからという事です。

ですから、もし愛に満たされた惑星上ですとか、地球上でもそのような時空間(伝える相手の人も含め)であれば問題はないのです。ですから、信頼できる身近な人で言うことはまだ問題はありません。
伝える事で、判り易いというメリットは確かにある訳ですので。

まず、愛の満たされた時空間を広げていく事は本当に重要ですね。

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