御神示のマンデラ・エフェクト アメの巻~カゼの巻 2022年8月20日現在

人類滅亡シナリオ回避の為、御神示をお読みください

引き続き、御神示のマンデラ・エフェクト
第十三巻 アメの巻~第十四巻 カゼの巻
を進めて参ります。

この2つの巻は、多大な変化がありました。

第十三巻 アメの巻 では、一つの文面がかなり長文化しているのです。
それこそ、第十七巻 ジシンの巻と匹敵する位に変わったと思っています。

第十三巻 アメの巻では、特にお許しもろて書きしらすぞ。と始まり、
元々、その内容は密度の濃いものでしたが、それが輪にかけて濃く変化しているようです。

第十四巻 カゼの巻では、逆に帖数が減りました。
元々十七帖あったのですが、それが現在は十四帖になっているのです。

ちなみに、ウィキペディアでは、カゼの巻は17帖とされています。(2022年8月20日現在)
また、全文スマホ対応のページでも、目次では17帖とあります。

ですが実際には、14帖、と3帖減った状態になっています。
ちなみに、コスモテン社のものは、目次も該当箇所も14帖となっています。

このように残りの3帖が消えています。

いずれにしても、アメの巻、カゼの巻は、この後、三四五の世を示した内容のマンデラ・エフェクトになっています。

そして、警告している箇所が4個所もあり、コトへの意識、御三体の大神様の意識、三四五の世の移行の覚悟を即しています。

もう間もなく、三四五の世へと、動く事が今回の御神示の内容から判ります。

今回は、この2つの巻、非常に重要な変化を見せていますが、順にお伝えしていきたいと思います。

目次

1.マンデラ・エフェクト 第十三巻 アメの巻

Ⅰ.新しい単語 惟神のミミ

第三帖 (三三七)
●草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。種は残して育ててやらねばならんのざぞ、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ、出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生れると申してあろがな、人の身(み)神に捧げるのざぞ、神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、惟神のミミとはその事ぞ、神示よく読めば判るのざぞ、

序盤の話ついては、以前からもあったと思います。
ですが、それが惟神のミミという事までは書いていなかったと思います。

人の身(み)を神に捧げ、神の御身(みみ)となる事を、惟神のミミ、と呼ぶようです。

人が出世した姿が、惟神のミミ、なのです。

更に詳細は、第三帖 の後半を読んで下さい。
ひふみ、が元で、その後、いろは、に返るようです。

新たな単語は続出しているのですが、文面の意味の方が重要でしたので、この後、気になる文面で伝えていきます。

2.マンデラ・エフェクト 第十四巻 カゼの巻

Ⅰ.真理(ふじ)、と読む

第九帖 (三六〇)
●真理(ふじ)晴れるばかりの御代となってゐるのぢゃぞ。

真理を、ふじ、と読むのにはさすがに驚きました。

どうすれば、ふじと読むのか、かなり無理がある(笑)と思っていますが、
真理が、ふじ、なら、御神示全体では、かなり解読が進むと思っています。

こちらも同じく、新しい単語は続出しているのですが、やはり文面の意味が重要の為、この後、気になる文面で伝えていきます。

3.気になる文面  第十三巻 アメの巻

Ⅰ.岩戸開きの時は、人民はいつも神かかっている状態に

第一帖 (三三五)
●手のひら返すぞ返さすぞ、此の度の岩戸開きは人民使ふて人民助けるなり、人民は神のいれものとなって働くなり、それが御用であるぞ、いつでも神かかれる様に、いつも神かかっていられるようでなくてはならんのざぞ。

似たような意味合いのものは以前でもあったと思いますが、今回のアメの巻では、冒頭より岩戸開きの状況について、具体的記述が登場しています。

人民は、神のいれものとなって働き、いつも神かかっている状態になっています。

いつも、神かかっていられる状態でないとならないようです。

Ⅱ.世界一平一列一体になった後、その上に神が居る

第五帖 (三三九)
●今度の戦(いくさ)すみたら世界一平一列一体になると知らしてあるが、一列一平 其の上に神が居ますのざぞ、神なき一平一列は秋の空ぞ、魔の仕組、神の仕組、早う旗印見て悟りて下されよ、神は臣民人民に手柄致さして万劫末代、名残して世界唸らすのざぞ、これ迄の事は一切用ひられん事になるのざと申してあろ、論より実地見て早う改心結構、何事も苦労なしには成就せんのざぞ、苦労なしに誠ないぞ、

世界一平一列一体になる、という事は以前にもありましたが、
その後、の事についての
記述は以前はありませんでした。

一列一平、その上に神が居る状態とは、カミヒト共の姿です。

一方で、神なき一平一列は秋(空き)の空です。

魔の仕組、神の仕組、この記述も初めてだと思いますが、それは旗印見ての判断をして下さい、との事です。

苦労なしには誠なく、何も成就しない事をお伝えしています。

Ⅲ.カミヒトになる過程について ひふみ、いろはの世に

第六帖 (三四〇)
●一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず)授け申して神人となるぞ。

ここまで具体的なカミヒトのなり方についての記述はありませんでした。

かずうた、が鍵を握るのです。

かずうた、より、カミヒト、となり、何でも授けて頂けるのです。

その後ですが、

待ちに待ちし日の出の御代となりにけり、一二三(ひふみ)いろはの世はたちにけり。

と、日の出の御代とは、ひふみ、いろは、の世になるのです。

この記述も初めてと見ています。

Ⅳ.地獄にも底がない。鼻高の鼻折らないと、神は承知しない

神示読まねば益々判らん事になったであろうが、天国に底ない様に地獄にも底ないぞ、何処までも落ちるぞ、鼻高の鼻折らな人民何んと申しても神承知出来ん。

神示読まないと益々判らない事になるのです。

天国に底がないように、地獄にも底が無いのです。

このように、天国、地獄、双方、底が無い、という記述も初めてです。

その為には、最後、鼻高の折らな、人民何と申しても神承知は出来ない、とあるのです。

ちなみに、鼻高折られる事は、カミヒト共になるまで、最後まで続くようです。

鼻高折られる事は、行の途中、全く無い方は居ないようです。
途中、何度も経験していきますので、その都度改心してください。

Ⅴ.三四五の御用、つちのひつ九のおん神様と御一体になって成就する

第七帖 (三四一)
●神の心の判りた臣民から助ける御用にかかりて呉れよ、助ける御用とは清めの御用で御座るぞ、天地よく見て悟りて呉れよ。三四五(みよいづ)の御用は出来上がりてしまはんと御用してゐる臣民にはさっぱり判らんのであるぞ、つかわれてゐるから判らんのであるぞ、出来上がりてから これは何んとした結構な事でありたかとビックリするのざぞ。アメのひつ九のか三とはアメの一二の神で御座るぞ、アメの(つきひ)の神で御座るぞ、元神で御座るぞ、ムの神ぞ、ウの神ぞ、元のままの肉体持ちて御座る御神様ぞ、つちのひつ九のおん神様ぞ、つちの(ひつき)の御神様と今度は御一体となりなされて、今度の仕組 見事成就なされるので御座るぞ、判りたか、九二つちの神 大切申せとくどう知らしてあろがな、今迄の臣民人民、九二の御先祖の神おろそかにしてゐるぞと申して知らしてあらう、神は千に返るぞ、九二つちつくること何んなに難儀な事か人民には判るまいなれど、今度さらつの世にするには人民もその型の型の型位の難儀せなならんのざぞ。それでよう堪(こば)れん臣民 沢山にあるのざぞ、元の神の思ひの何万分の一かの思ひせんならんのざぞ、今度 世変りたら、臣民 此の世の神となるのざぞ。

第七帖では、この後、三四五の仕組、助ける御用から、三四五に入る事を示唆した内容となっています。

つちのひつ九のおん神様は、今回初登場です。

そして、つちのひつきの御神様と今度は御一体となりなされて、
今度の仕組は見事成就なされるのです。

また、九二つちの神様、も今回、初登場だと思います。

今までの臣民は、九二の御先祖様の神おろそかにしてゐるぞ、と申されているのですが、
神は千に返るぞ、の記述で、御先祖様の意味が、裏の仕組を読まれている方は判ると思います。

元の神の思ひの何万分の一かの思ひをせなならんのざぞ、というのは前回でも記述はあったと思いますが、
今度世変わりたら、臣民、この世の神となるのざぞ。までは記述されていなかったと思います。

今後、コトに進む臣民は此の世の神となるのです。

Ⅵ.水の味、火の味、が新たに入る

第八帖 (三四二)
●悪結構な世は済みて、善結構、悪結構、卍(ホトケ)結構、基(ヤソ)結構、儒結構(コトゴトク)の世となりなる神の仕組 近くなって来たぞ。世の元からの仕組、中行く仕組、天晴(アッパレ)三千世界結構であるぞ、心の不二も晴れ晴れとなるぞ、結構々々。甘くてもならんぞ、辛(カラ)くてもならんぞ、甘さには辛さいるぞ、天の神様許りではならんのざ、くどう申して此処迄知らしてゐるにまだ判らんのか、心さっぱり大河に流して神示読んで下されよ、何時迄も神待たれんぞ、辛さには甘さかげにあるのざぞ、此の道理よく判るであろがな、水の味 火の味 結構ぞ、恐い味ない様な結構な恐さであるぞ、喜びであるぞ、苦しみであるぞ、此の道理よく判りたか。神の御恵み神の御心判りたか、御心とは三つの御心ぞ、一と十と・とであるぞ、御心結構ぞ、世の元の神の仕組の現はれて三千世界光り輝く、あなさやけ。

悪結構な世は済みて、善結構、悪結構、卍結構、基結構、儒結構、の世となり、
心の不二も晴れ晴れとなるのです。

また、辛さには甘さかげにある、 と以前あったのですが、もう少し具体的に
甘さには辛さがいるぞ、と今回は新たに入っていると思います。
甘さ、も辛さも、双方必要なのです。

さらには、水の味、火の味、が今回新たに入っています。

文面そのものも岩戸開き全体を示唆した内容となっています。

Ⅶ.近欲に目くらみ、今度神の帳面から除かれると、永遠に世(四)に出る事ができない

第九帖 (三四三)
●今度 神の帳面から除かれたら永遠に世に出る事出来んのであるから、近慾に目くれて折角のお恵みはづすでないぞ、神 キつけておくぞ。

近欲に目くれて、今度神の帳面から除かれると、永遠に世に出る事ができませんので、注意が必要です。

近欲に飲み込まれる事は、殆どの方が問われる問題ですし、試されます。

近欲に目くれず、折角のお恵みを外さないようにしてください。
(づ、とあるので、現在四、の段階に入ってきているのです)

Ⅷ.でかけのみなとは九九(ココ)

第十帖 (三四四)
●でかけのみなとは九九(ココ)ぢゃぞ、皆に知らしてやりて下されよ、幾ら道進んでゐても後戻りぢゃ、此の神示が出発点ぞ、出直して神示から出て下されよ、我張りてやる気ならやりて見よれ、九分九分九厘で鼻ポキンぞ、泣き泣き恥ずかしい思いしてお出直しで御座るから気付けてゐるのぢゃ、足あげて顔の色変へる時近付いたぞ。

でかけのみなとは九九(ココ)という事で、全てが判って来ると思います。
コト(九九)の世界が元なのです。
また、九二でもあります。

ですから、此の神示(九の神示)、が出発点なのです。

現在の3次元をベースにすると、全て後戻りになるので注意が必要です。

我張りている段階では、九分九分九厘で鼻ポキンです。

時間に余裕があるのであれば、我張りてやるのも良いのですが、もう現在の天変地異の度合い、ウクライナ情勢、中国台湾情勢の度合いからは、時間的猶予が無い事はお判りだと思います。

ですから、一刻も早くこの道に入る事が大切です。

最後に、足あげて顔の色変へる、時が近づいている、とありますが、
顔色が変わるだけでなく、無限の過去の四つの世界をさらに四つ産み出し、
カ行や、オ、の色を変へる時が来ているのです。

現在、大きな変化が起こる前に来ています。

Ⅸ.今度神から見放されたら、末代浮かぶ瀬が無くなる

第十二帖 (三四六)
●上面(うわっつら)洗へばよくなるなれど、肚の掃除なかなか出来んぞ、道広める者から早う掃除まだまだであるぞ、今度 神から見放されたら末代浮ぶ瀬ないぞ。

末代浮かぶ瀬が無くなる、という記述、似たような内容は。アメの巻では、何度も登場します。

それだけに要注意なのでしょう。

腹の掃除はなかなかできません。
道広める者から早う掃除してください、との事です。
掃除、まだまだとの事です。

今度神から見放されると末代浮かぶ瀬が無くなるのです。

現在、の御自身の行にかかっています。

Ⅹ.肚に入れるのは、御自身の御三体の大神様の肚に入れる事

今の内に神示じっくりと読んで肚に入れて高天原となっておりて下されよ。

神示を肚に入れる、というのは現実的には不可能に思っていました。
これだけ膨大な量。更には、マンデラ・エフェクトも起こすのです。

ですが、肚に入れる先がこの文面から判ってきました。
御自身の御三体の大神様に入れるのです。

御三体の大神様とは、コトのもう一段上の存在です。

タカアマハラとは、天のもう一段上の高い肚を意味しているのです。

コトのもう一段上に繋がる意識です。

ⅩⅠ.世界中から神示通り出て来て足元から火が付いても、まだ我張りてゐる様では今度は灰にするよりほかない

第十三帖 (三四七)
●世界中から神示通りに出て来て足元から火が付いても、まだ我張りてゐる様では今度は灰にするより方法(ほか)ないぞ。恐しなっての改心では御役六ヶ敷いぞ。

警告的な文面が、マンデラ・エフェクト後のアメの巻の中で、3回目です。

既にもう世界中は、神示通りに出て来ていますし、いつ足元から火が付いてもおかしく無い所にいますが、まだ我張っているようでは、今度は81にするより方法は無いのです。

怖くなってからの改心では御役は難しいのです。

ⅩⅡ.三千世界の詳細

第十三帖 (三四七)
三千世界のこと一切の事 説いて聞かして得心させて上げますぞや。落ち付いて聞き落しのない様になされよ、悔しさ目に見へておろがな、どぶつぼに我と落ち込む人民許り出て来て、神の国 臭くて足の踏場もないぞ、なれども見て御座れ、三千世界一度にひらいて世界一列一平一つのてん詞(四)で治めるぞ。

現在、どぶつぼに我と落ち込む人民ばかり出てきている状態ですが、これが人我と共に築いてきた人類史5000年の行く末です。実際、現在は、神の国臭くて足の踏み場はないところにあります。

ですが、最後、三千世界は、一度にひらいて世界一列一平一つのてん詞(四)様で治めるます。

始めウタあったぞ、終もウタぞ、今も昔もウタざぞ、人民も動物もウタ唄ふのざぞ、終の御用の始はウタぞ、ウタの集団(つどひ)とせよ。此の神示ウタとして知らす集団とせよ、ウタの集団 始ざぞ、表ざぞ、裏の裏ざぞ、表の表ぞ、道開く表の終の御用ぞ、江戸の御用すみたから、尾張の御用と申してあろがな、カイの御用も忘れてならんのざぞ。食物(おしもの)の集団も作らなならんぞ、カイの御用の事ぞ、此の集団も表に出してよいのざぞ、時に応じてどうにでも変化(へんげ)られるのがまことの神の集団ざぞ。

始めはウタです。終わりもウタですし、今も昔もウタです。

ウタの集団が始めです。

尾張の御用の始めはウタです。

ウタとは、唄もありますが、産多が基本です。そして、有多となります。

江戸(穢土)の御用すみたら、尾張の御用があります。
そして、カイの御用もあります。

カイの御用の一つに食べ物の集団も作らなならない、とあります。
この集団は表に出してよいようです。

時に応じてどうにでも変化する事ができるのが、まことの神の集団、との事です。

第十四帖 (三四八)
●此の神示ウタにして印刷して世によき様にして皆に知らしてやれよ、表の集団でよいぞ、神は天からも地からも日も夜も九十(コト)で知らしてゐるのに、九十(コト)聞く身魂ないから、九十(コト)きく御身(みみ)曇りてゐるから、人民は判らんなれど、余り判らんでは通らんぞ、早う洗濯掃除せよと申してゐるのざ。人の十倍も今の仕事して其の上で神の御用するのが洗濯ぞ、掃除ぞと申して知らした事忘れたか、

ウタ、唄、産多、有十、にして印刷して世によき様にして皆に知らせるのは良いようです。
これも表の集団で大丈夫です。

神は天からも、地からも日も夜もコトで知らしているのですが、中々コト聞くミタマなく、コトきくミミ曇ってゐるので、人民には判らないのですが、あまり判らないでは、この後通らなく(十〇無く)なってしまいます。

ですから早く洗濯掃除せよ、と申されているのです。

人の十倍も今の仕事をしてその上で神の御用するのが、洗濯、掃除、という事を忘れないように、と申されています。

ⅩⅢ.此の方達は隠居、隠れ身

第十五帖 (三四九)
●四八音(ヨハネ)世に出るぞ、五十音(イソネ)の六十音(ムソネ)と現はれるぞ、用意なされよ。それまでにさっぱりかへてしもうぞ、天も変るぞ地も変るぞ。此の方等が世建直すと申して此の方等が世に出て威張るのでないぞ、世建直して世は臣民に任せて此の方等は隠居ぢゃ、隠れ身ぢゃぞ。地から世持ちて嬉し嬉しと申すこと楽しみぞ、子供よ、親の心よく汲み取りてくれよ。

ヨハネ、イソネ、ムソネは、いろは、の音の世界から世を変えていきます。
この後、1年~2年もしますとどんどん出て来るようです。

ですが、それまでに、さっぱりかへてしまいます。
天も地も変わるようです。

世建て直すのは、此の方達がするのではなく、臣民がするのです。
そして、此の方達は、隠居し、隠れ身になるのです。

ですから、傍から見て、その活動は、判らないのです。

地(千)から世(四)持ちて嬉し嬉し(産〇四産〇四)と申すコト楽しみにしてください。

ⅩⅣ.神示読まずにやるのはくづれる、素直が一番

第十五帖 (三四九)
●此の神示読まいでやれるならやりてみよれ、彼方(あちら)でこつん 此方(こちら)でくづれぢゃ、大事な仕組 早う申せば邪魔はいるし、申さいでは判らんし、何にしても素直に致すが一番の近道ざぞ、

アメの巻の中での警告文4回目です。
かなり、念入りに伝えられています。

御神示読まずにしますと、必ず崩れるようになっています。

早く申せば邪魔入りますし、申さなければわからないですし、簡単ではないのです。

実際、前世ヒーリングをしてみて思いますが、素直な方が一番早く、楽に進んでいます。

私は、素直でなかった為、10年程苦しむ事になりましたが、神の申す通り素直にするのが一番です。

ⅩⅤ.神前に向かってのキの頂き方

第十五帖 (三四九)
神前に向って大きくキを吸ひ肚に入れて下座に向って吐き出せよ、八度繰り返せよ、神のキ頂くのざぞ、神のキ頂くのざぞ、キとミとのあいの霊気頂くのざぞ。

これは、以前からあったのかもしれませんが、私は、神前に向かってのキの頂き方をずっと見つける事ができませんでした。

それは、声を出して読んでいなかった為です。
今回は声を出し、そして、歌ってここまで進めてきた結果、ようやく見つけられたのです。

もし、礼拝されている方で、キの頂き方が判らない方は、この通りにしてください。

ⅩⅥ.神の世弥栄の型、シキマキヤ、から百千万

第十七帖 (三五一)
石もの云ふぞ、十六の八の四の二の一目出度や目出度やなあ。神の仕組の世に出でにけり、あなさやけ、あな面白や、五つの色の七変はり八変はり九(ここ)の十々(たりたり)て百千万(ももちよろず)の神の世弥栄。

石もの云ふぞ、十六の八の四の二の一目出度や目出度やなあ。
この文面の意味は、シキマキヤから判ると思います。

裏の仕組の方には、御伝えしてきた通りの内容になっている文面ですね。

石、とは、シキマキヤ、と思って頂いて良いでしょう。

あなさやけ、あな面白や、五つの色の七変はり、八変はり、九(ここ)の十々(たりたり)て百千万(ももちよろづ)の神の世弥栄、する流れになります。

4.気になる文面 第十四巻 カゼの巻

Ⅰ.同じ名の神 二柱あるのは、善と悪

第一帖 (三五二)
同じ名の神 二柱あるのざぞ、善と悪ざぞ、この見分けなかなかざぞ、神示よめば見分けられるように、よく細かに解(と)いてあるのざぞ、善と悪と間違ひしてゐると、くどう気付けてあろがな、岩戸開く一つの鍵ざぞ、名同じでも裏表ざぞ、裏表と思ふなよ、頭と尻 違ふのざぞ。千引(ちびき)の岩戸開けるぞ。

同じ名の神、二柱あるという記述は以前からありましたが、
善と悪、という明示は初めてです。

岩戸開く一つの鍵です。

また、名同じでも、裏表あるようです。

千引の岩戸、とは、千人力によって、千の岩戸が、楽に開くようです。

Ⅱ.二柱の神は、旗印も同じ、今は逆様になっている

第二帖 (三五三)
●二柱の神あると申してあろが、旗印も同様ぞ、かみの国の旗印と、⦿(もとつかみ)の国の旗印と同様であるぞ、●であるぞと知らしてあろがな、●にも二通りあるのざぞ、スメラ●の旗印と+⋇●と申して知らしてあろがな、今は逆ざぞと申してあろがな、このことわからいでは、今度の仕組分らんぞ、神示分らんぞ、岩戸開けんぞ。よく旗印みてよと申してあろがな、お日様 赤いのでないぞ、赤いとばかり思ってゐたであろがな、まともにお日様みよ、みどりであるぞ、お日様も一つでないぞ。ひとりまもられているのざぞ。さむさ狂ふぞ。一月の一日、ひつ九の⦿。

二柱の神は旗印も同じです。⦿(もとつかみ)の旗印と同じなのです。

●(むげん)が答えです。

日の丸の丸とは、●(∞)なのです。

●(∞)にも二通りあって、スメラ●と、シキマキヤの●とあるのです。

いずれにしても、今は逆様です。

この事が判らないと今度の仕組は判りませんし、神示判らないですし、今度の岩戸は開けないようです。

旗印、日の丸は赤いのですが、まとも(真十母)に見ますと、みどりになるようです。
いずれそのようにマンデラ・エフェクトが起こるかもしれません。

ひとり(火十理)で守られていますし、ひとりひとり、の世界でも守られているようです。

さむさ狂ふ、時があるようです。
いずれ判るようになっているようです。

Ⅲ.世界のマンデラ・エフェクトまだまだ起こる、富士山、等が動く

第五帖 (三五六)
●日本の国いくら大切と申しても、世界中の臣民とはかへられんから、くにひっくりかへること、まだまだあるかも知れんぞ、くにの軸 動くと知らしてあろがな。

日本の国いくら大切でも、世界中の臣民と変えるわけにはいかない為、世界中のくにひっくりかへる事、まだまだ起こるようです。

既に中国、ロシア近郊国、インドネシア、アフリカ、南米(特にブラジル周辺国)、欧州。
大きく動いていますが、まだまだ変わる可能性があるようです。

くにの軸動くとは、富士山、と見ています。
既に移動していますね。

この他に、琵琶湖、の形も変わってきていますし、熊本阿蘇山、の位置も変わってきています。

Ⅳ.人類が知らず知らずにおかしました、罪、穢れ、あやまちについて

第七帖 (三五八)
●天の神も地の神もなきものにいたして、好き勝手な世に致して、偽者の天の神、地の神つくりてわれがよけらよいと申して、我よしの世にしてしまふてゐた事 少しは判って来たであらうがな。

これが全てです。

騙されている事に気付かずに、好き勝手な世にした結果が、現在、滅亡寸前の状況を作り出してきたのです。

人は、我、を試す為に、神より人と降り立ったのですが、人の我欲に任せた結果、81の世界しか作り出せなかったのです。

Ⅴ.生き通しの荒神様、神示に出てきたため、直ぐに出て来る

第七帖 (三五八)
愈々のまことの先祖の、世の元からの生神、生き通しの神々様、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神ぞ、スクリと現れなさりて、生き通しの荒神様 引連れて御活動に移ったのであるから、もうちともまたれん事になったぞ、神示に出したら直ぐに出て来るぞ、

生き通しの荒神様、初登場です。

神示に出した為、直ぐに出て来るようです。

この後、油断ならない所に来てゐるのが判るかと思います。

Ⅵ.最後は、三千年の行をする

第八帖 (三五九)
行なしではまことのことわからんぞ、出来はせんぞ、神の道 無理ないなれど、行は誰によらずせなならんぞ。この方さへ三千年の行したぞ、人民にはひと日も、ようせん行の三千年、相当のものざぞ。

九の方になりますと、三千年の行をするようです。

これは、元々は上つ巻~下つ巻辺りにあったと記憶していますが、愈々その意味が解ってきたと思います。

生き通しとは、まずは、三千年の行をする事、のようです。

人民にはひと日もできない行の三千年は相当なものですが、カミヒト共になので、大変ながらも、楽に進めるのです。

そして、元の生き神様でないと今度の行はできないようになっています。

Ⅶ.御自身のてん詞様がよくならない事は、よくならないようになっている

第九帖 (三六〇)
●てん詞(し)様よくならんうちは、誰によらん、よくなりはせんぞ、この位のことなぜにわからんのぢゃ、よくなったと見えたら、それは悪の守護となったのぢゃ。神がかりよくないぞ、やめて下されよ、迷ふ臣民出来るぞ。程々にせよと申してあらうが。皆々心の鏡掃除すれば、それぞれに神かかるのぢゃ。

御自身のてん詞様、それは、ハイヤーセルフ(上)の四名ですね。
ハイヤーセルフの4名、それは様々な分かれ方があるのですが、それがよくならない内には誰によらん、よくならないようになっています。

それは、御自身の行、理解に伴います。

神がかり、我の入った神がかりは、むしろ混乱を起こします。

心の掃除すればそれぞれに神がかかるようになるのです。

Ⅷ.神いらん世、最後は、カミヒト共に

第十三帖 (三六四)
●一国そろたらどんな神徳でもやるぞ、おのづから頂けるのざぞ。神いらん世にいたして呉れよ。

神いらん世とはカミヒト共に、の世界です。
おのづから頂けるのです。

最後はこのような世界になるようです。

Ⅸ.最後に登場。初めての単語、この巻かチの巻

第十四帖 (三六五)
●新しき世とは神なき世なりけり。人、神となる世にてありけり。
新しき世とは神なき世なりけり。人、神となる世にてありけり。世界中 人に任せて神々は楽隠居なり、あら楽し世ぞ。この世の頭(かしら)いたして居る者から、改心致さねば、下の苦労いたすが長うなるぞ、此処までわけて申しても、実地に見せてもまだわからんのか。世界中のことざから、この方 世界構ふお役ざから、ちと大き心の器持ちて来て下されよ。金も銀も胴も鉄も鉛も皆出てござれ。それぞれにうれしうれしの御用いくらでも与へてとらすぞ。この巻かチの巻。ひつくのか三、二月十六日。

この巻かチの巻。は、初めての登場だと思います。

勝ちの巻。もありますが、
火千の真キ、が一番意味としてはシックリくるでしょう。

そして、上記の文が、三四五の世の世界を表現しています。

5.まとめ

アメの巻、カゼの巻では、多大なマンデラ・エフェクトが起こっています。

アメの巻では長文化、カゼの巻では短縮されていますが、この2巻には、今後の新たなシナリオが記載され始め、愈々、三四五の世界に移行する事、近い将来起こる事が記載されています。

生き通しの荒神様、今回、カゼの巻で初登場ですが、愈々現れましたから、三四五の移行は間近になってきています。

なお、警告的文面は、アメの巻に4度もありましたから、覚悟が現在求められている局面です。

アメの巻、カゼの巻。

この2巻には、今後の三四五の世界がしっかり描かれていますので、一度じっくりとお読みください。

追伸1 要警戒。8月8日~10日辺りで、別次元で離れた方が出始めました。今後も加速します。

前回は、2022年7月12日~15日辺りで、マンデラ・エフェクトが起こり離れた方々が居たと御伝えしましたが、8月8日~10日辺りで、更に離れた方々が出始めたようです。

これは、今朝気付きました。

その際、ギリギリで間に合った方。
別れた方。が居ました。

ひとまず、前世ヒーリングを受ける事で、ギリギリ間に合った方が居たのですが、現在本当に、この後、進む道の分れ目となっています。

なお、8月15日~20日にかけても、大きな時空間変性が起こっているようで、一つは、ブログ記事の内容も影響しているようです。

人を助ける道、行を進め、早く5人分10人分を超えてきてください。

神の申す通り、素直に進めるのが一番です。
判らなければ、神に聞いて進めて下さい。

この動きは、引き続き、9月、10月、と加速していくでしょう。

追伸2 目先は火山噴火に注意してください。

8月19日、20日の朝では、カラスが低い鳴き声が継続しています。

これも、以前からは聞いた事の無い鳴き声でした。

どうも、火山噴火に対する警告のようです。
富士山、その他、火山の噴火に注意してください。

致命的大噴火が起こらない世界に移行していきますよう、引き続き、大神様、五柱の神様への祈りを捧げてください。

前回の記事についても8月19日14時30分頃更新しています。

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