前世の旅 奈良 熊野 ⑩ 熊野本宮大社 古代からの重要神社

大斎原2 前世の旅 奈良 熊野 2019年7月28日-30日

奈良・熊野の旅の2日目です。
当初この日は熊野の有名な神社を全て廻る予定にしていました。

しかし、予定している神社全てを1日で廻るのはかなり難しいと、占い師さん2名の方から言われていました。

それと、宿に泊まった時からですが、この占い師さんの内の1人の事をやたら気になるのですね。

この場所でご縁があったのだろうか。
行く前から本日どうなるかとても楽しみにしていたのです。

【奈良・熊野の旅 2日目予定】

地図上での距離はそれ程ないんですけどね。

ですが、山道が長い。標高が高い。神社が広い等。
上記の地図を1日で廻るのは結構難しいとのこと。

という事で、2日目はまず朝食までに熊野本宮大社を廻る事にしました。宿と熊野本宮大社までは近い所ということもありました。

1.熊野本宮大社

宿を出発。6:00から参拝が可能という事でしたので、5:50頃宿を出ました。

朝日がとても綺麗。
今日も1日良いスタートになりそうです。(5:55頃)

宿から5分位の所ですぐに到着しました。
撮影は神殿の中は禁止。

熊野本宮大社 大鳥居【熊野本宮大社 大鳥居】

入り口の大鳥居です。
空間オーラ的には撮影してもよいのはここまでかな、という事で熊野本宮大社の撮影は以上です。

熊野本宮大社の詳細についてはホームページ上の方がよいと思います。
この後も合わせて見て頂ければと思います。

熊野本宮大社

それにしてもですが、中に入っていきますと急激に波動が高まります。
すぐに石の階段が158段。大鳥居をくぐってすぐからも波動が変わってきますが、階段の辺りからもう波動が明確に変わってきます。

途中宝物殿がありました。宝物殿にも入りたかったのですが、開館が9:00から。ひとまず後回しですね。

そして、中門をくぐり本殿に入ります。
5つの拝殿があるのですが、どの拝殿もパワーがありました。
全ての拝殿を参拝しました。

境内内を撮影禁止にするのはよく判ります。

その昔は熊野坐神社(くまのにいますじんじゃ)と呼ばれ、御鎮座は神武天皇が来た時にはなっていたと言われており、社殿は崇神天皇の時代に創られたそうです。奈良時代の頃より仏教を取り入れ、平安時代には皇室や源氏、その後南北朝時代にかけては多くの人に熊野信仰が広まるとあります。

元々は皇室とご縁が深い地であったのですが、その後南北朝時代にかけ多くの人に広まっていったようです。
歴史的には非常に長く影響を与えてきたようです。

続いて向ったのが産田社です。

2.産田社(うぶたしゃ)

境内を降りて道路を挟んで向かい側にあります。
する看板が出てきます。
産田社の看板
この社もパワーがありました。
個人的には波長が結構合う社でした。

新しいものを産みだす神様という事です。ここも撮影は控えました。相当パワーがありましたので。
ご利益のあるお社です。

そして大斎原です。

3.大斎原(おおゆのはら)

産田社から見た大斎原です。

大斎原2【大斎原、産田社より】

遠方からでも非常に美しいですね。

大斎原【大斎原、正面より】

正面ですとこんな感じ。

大斎原4【大斎原、参道からの日の出】

と同時に本日2回目の日の出です。山の中ですと、移動中に日の出や日の入りを何回も見る事もは珍しくないのかもしれませんが。良い事があるのかもしれません。昨日は日の入り3回、本日は日の出2回。・・・実は、私の前世で意味があるようですね。

そして、大斎原の鳥居の前に来た時ですが、軽い腰痛が始まりました。
前世がここでも関係しているという事なのです。

今回は左と右双方ありました。つまり男性と女性の前世がここでご縁があったようです。

1つは明治時代の女性。もう1つは鎌倉時代の男性ですね。

そして、中に入っていきました。中は撮影禁止です。

非常に波動が高い場所です。
かつてはここに熊野本宮大社がありました。

それが、明治22年夏、大水害が起こりましてここにありました神社の3分の2が流されたのです。
以降は残った3分の1は現在の熊野本宮大社の場所へ移動。
残りの3分の2はこの大斎原に祀られるようになった、という事のようです。

明治22年と言えば、1889年大日本国憲法が制定された年です。
この後、富国強兵の元軍国化が進む流れとなりましたので、それに対する暗示だったのかもしれません。

ちなみに少し脱線するのですが、平成23年の夏にもこの街は水害が酷かったそうです。
それこそ2階建の家の2階まで水に浸かるレベル。
この年は東北関東大震災が起こった年です。あの震災は放射能漏れ事件だけに限らず、様々観点で何かと意味深な震災でした。

側にある川が熊野川、地元の方曰く暴れ川とも呼ばれているそうなのですが、実際には世相を現す川なのだと見ております。

ちなみに熊野本宮大社の始まりは2000年前からずっとだそうです。
現存する日本の史実の始まる前からずっとですね。

帰り道ですが、側にあった田んぼを撮影しました。美しい、と思い撮影。

大斎原3【大斎原、傍の田んぼ】

ここで採れるお米は美味いんだろうなあ。

4.ここで蘇った記憶

ここで蘇った記憶は明治時代の女性(181回目転生)鎌倉時代の男性(579回目転生)の2つです。

明治時代の女性の前世は、若い頃は巫女をしていて、丁度20代の頃この川の氾濫を目の辺りにしているようです。
しかし、出身は奈良のようで、神道関係のご縁でこの地に来たようです。

また明治時代から神仏習合が廃止される傾向は全国的なものとなっていて、十津川からこの近辺も例外ではなかったのです。
特に習合タイプの建築物は潰されていったものが多かったようです。まあ国の法令ですからね。しかし、これはどうもその後の軍国化の流れにもなってしまったようです。

その後、私はそのまま主婦になったようですが。(笑)
恐らくながら、それまで神仏習合だった流れが、覆された上に、最後は神殿が川に流される。
複雑な心境だったと思います。

もう1つは鎌倉時代の男性の前世。こちらの方が結構重要かもしれません。
この時代の私は僧をしていたようですね。

この当時は神仏習合は普及していたものの、鎌倉時代そのものが仏教に偏り気味の時代だったのです。
この地でも例外ではなく、神仏習合と言っても当時はちょっと仏教に偏り気味で、僧でありながら、神道の流れをもう少し強くさせようとしていたようなのですね。エネルギーバランスは時代時代でどうしても偏りができてしまうようなのです。鎌倉時代といっても後半の頃で、全国的にも結構平和な時代だったようですね。(一応史実上は元寇があったりで荒れているという事ですが、私の記憶では平和な時代です)

この地で神仏習合のバランス取りと、神仏習合の廃止、共に経験しているのです。

後、もう1つ。
最初に記載していたある占い師さんとのこの地での関係性が判りました。

正確に言えば、深くないといえば深くない。深いといえば深い。
この言い方が正しいのですが、現段階ではちょっとこの詳細が言えないですね。
ですがメルマガ等でその内話が進むにつれ、明らかになっていくとは思っています。

5.神武天皇、崇神天皇、源氏との共通点

神武天皇もこの地に立ち寄ったとありますが、恐らくかなり重要な地であった事は間違いないでしょう。
東征途中で一旦南下した途中、この地によってから大和を治めたのは間違いないようです。
当時、鎮座されていたのかどうかまではよく判らないですね。

しかし、崇神天皇はこの地を厚く奉ったのは間違いなさそうです。

後、源氏も源平の戦いの前に訪れたとか。

どうも共通する点は、戦いの前に立ち寄り、必ずその後の戦いに勝っているようなんですね。

これ、何かわかります。
ここに来た人は感覚で何か掴めると思うのですが。

この地はとてもマグマ(火)の力が強いのです。
恐らく上記に出てくる人達は、立ち寄ったというよりは、結構長い間。恐らく1年以上ここに居たかもしれないですね。

それと、熊野神宮大社に記載されている通りでもあるのですが、本格的にこの地を社殿を構え神格化し始めたのは崇神天皇からだと見ています。その当時、神武天皇が過去ここに寄った事は知っていたようです。

同時に、神武天皇も、ここで何らかの儀式をしていた事も間違いなさそうですね。
恐らく東征の中でも重要な地であった事は間違いないでしょう。

また、南北朝時代では、吉野に南朝がありましたが、その実はこの熊野本宮大社が重要だった事には違いないのです。

恐らくその流れによって、南北朝時代~室町時代にかけ熊野信仰が栄えていったのでしょう。

しかし、どこからか熊野信仰が廃れていったのかが気になりますね。恐らくながら、その後の本格的な戦乱が始まっていった事と何か関係がありそうだと見ています。

6.天皇家を中心に多くの人にとって重要な地だった。

このように、この熊野神宮大社とは、代々の天皇他多くの人にとって重要な土地である事は間違いありません。

私自身もこの地に来た事で相当なパワーチャージがされました。
また、来る前と後で、自身のライフレコードそのものに大きな影響を与えた事も間違いないのです。
とある占い師さんとお話した所、お互いに理解しえた所も多かったので、本当に行ってみてよかったと思っています。

それ位重要な場所でした。

私の中でもとある前世では、実はここに訪れていなかったが故にちょっと悲惨な結末をたどってしまった事もありました。
これもとある占い師さんと確認済みです。ここに来ると来ないとで人生が大きく違うのです。

ちょっと場所は遠いですが、一度訪れてほしい場所の1つですね。

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