前世療法体験談 vol.7 奈良時代奈良 呪詛で苦しむ前世

前世療法体験談-ゆう斎が受けた前世療法

今回は呪詛仏僧のお話です。

私の全前世の中でも4番目の重さなのですが、質的に言えば一番重い前世かもしれません。

よって、ちょっとこの内容は人によっては重いと思うのですが、しかし人類の歴史という観点、特に心の輪廻を説明する上では避けて通れない話だとも思っています。

日本の歴史では、近年でこそ呪詛はとんでもない。という事になってきています。

それは現代では当たり前の事だと思いますが、その昔、呪詛こそが当たり前。
呪詛が全盛の時代があったのです。

まずは呪詛の歴史から説明しますね。

1.呪詛の歴史

日本では、飛鳥朝時代~戦国時代辺りまでは呪詛は普通に行われており、特に飛鳥朝時代~平安初期まではかなり盛んに行われていました。

戦争に比べますと、

●戦争の為に徴兵、人を雇わなくてよい。(民の反発を避ける事ができる)
●その為の食料の問題が起こらない。
●兵の時間拘束、移動の必要が無い。(それは、権力者側も同じ)
●結果、権力者の財政負担が少なくて済む。
●また、結果が早く出る。

と言ったメリットがあったのです。

物理的な戦いではなく、精神面での戦いという意味では東洋的な部分がありますが、これが悪い方向に出たのがこの呪詛でした。

この時代の文明は、現代に比べまだまだ原始的ですから、戦いを起こすなら呪詛で片付ける方が良かった。
これが当時の多くの人達の判断とも言えます。

ですから、飛鳥朝時代~平安初期辺りまでは陰陽師同士、もしくはそれに追随する勢力との戦いが中心だったのです。663年白村江の戦い・672年壬申の乱以降~源平の争い(1155年頃~)まで約500年。それ程大きな争いが起こらなかったのはこういった事情もあるのです。

実は、当時の戦いの主導権を握っているのは武士ではなく、日本では陰陽師でした。
陰陽師が戦いの主導権者、この構造は、日本では戦国時代までずっと続くんですけどね。
ちなみに、西洋でもそれは同じで、戦いの主導権は戦士ではなく、魔法使い、魔道士、黒魔女等が握っていました。
これも、キリスト教会の勢力が強くなる魔女狩りの辺りまでずっと続きます。(ただ、西洋では徴兵、傭兵が並行して常に盛んでしたが、これが西洋と東洋の違いです)

ここで気をつけなくてはいけないのは、呪詛戦は戦争よりも死人が出ないという事があるものの、呪詛は武士系の戦いに比べても、そのカルマは非常に重いのです。

まず、相手は意識していませんし、武士同士のように腹をくくっている者同士の戦いではないのです。

念で相手の命を奪う。
どうも、そういった能力を争いに利用すると、多大なるカルマを背負うようなのです。

呪詛とは、ある意味、争いの構造を極めて短縮化した結果とも言えます。
結局は、全ては思いから始まっているという事ですし。

そういった意味では実は、現代でも呪詛の存在、構造は完全に終わったとも言えません。

恨み。怨み。
このような負の感情が無くなるまでは、原型としては戦争も同じ構造です。

このような負の感情を一旦体感する事はやはり重要なのですが、最終的には恨まなくなる。
という学びが、それ以上に重要なのです。

実は、前世療法という手法とは、ある意味、呪詛のカルマ解消にあたる手法とも言えると思います。
負の想念そのものを解消していく療法だからです。

2.痛む場所

場所は、首の上右側横です。

ここも、以前はよくずれていた所。カイロに行く時には毎度という位ズレがあった所です。

驚く事に、この時にカルマ解消されてから、その後ズレがこの部位では全く無くなったのです。
それ位重要なカルマ解消の問題だったのですね。

ちなみに占い師さんは木魚を叩く時の棒がその部分に横から突き刺さっているのが見えたという事でした。

また、エネルギーの重さは非常に大きいものという事でした。
その思いは子々孫々まで念じている為でした。
時空的な意味では今世までも続くものだったからです。

3.生い立ち

奈良時代。場所は奈良(実際には平城京~京都府南部)。

3,4歳の頃に両親(民間人)がある勢力に殺されている。
時の権力者にとって不都合な存在だったようだ。

両親は逃げる中、なんとか子供だけの命は救ってほしいという嘆願の元、自分だけは命を落とさずに寺に連れていかれる。当時、寺とは、孤児院の役割も果している所があった。両親の命を奪った者がそういった知識が無ければ、自分の命は危ない所だった。

ただ、その瞬間を見てしまっていて、幼心にそのシーンがしっかり焼きついていたのだった。

それ以降、その一族に復讐する為、仏僧となる。

その勢力に対抗する勢力側に仕官し、陰陽師的な位置付けで雇われるようになる。
ちなみに呪詛使いは陰陽師に限らず、仏僧、普通の民間人。能力があれば、誰でも就く事ができた。

その結果、復讐には成功する。
相手の勢力。かなりの勢力を呪詛で倒していったようだった。

しかし、呪詛を繰り返し、繰り返す程、自身がどんどん苦しくなっていった。

負の想念がいくらでも増大していくという悪循環に陥っていたからなのだった。

この為、どんどん悪業を蒔くようになる。
仏僧でありながら、愛人をたくさん作っていったり、子をたくさん宿らせたりしていた。

実際最後は40代後半辺りで、変死、急死している。
最後は、自分が蒔いた想念がまとまって跳ね返ってきた可能性が高い。

4.実際の対話より

彼は、苦しんではいるものの、当初実はそれ程悪い事をしているとも思っていないのでした。

1つは幼少の経験から。
された事をして何が悪いのだ。という理屈ですね
実際、この時代、やられたからやり返す。は普通にあった価値観でした。
(今の時代でも残っている価値観でもありますが、一昔前に比べますと、かなり減少しているので、良い傾向)

酷い事をした側は忘れているものですが、された側は、やはりずっと忘れず持ってしまうものです。

もし自身の親が幼少時に大人の都合で殺されていたら、怨みの感情を持ち続けて普通の事でしょう。
それも、一生かけて持ち続ける次元の事だと思います。この感情はよく判ります。

後、もう1つ。
これも未だに残っている価値観ですが、ある者がした事でその近辺一族郎党全てを敵対視することです。

ですが、一族間ではそもそも関係性が殆ど無い事も多い。
しかも、思いの部分では一族間で真逆という事もよくあります。

しかし、された側は一族全てに対して怨みを持つ事が何故かスタンダードだったりする。

実は、この時の両親を殺した相手は、時の権力者であり、遡れば、やられたからやり返す所から始まっていたのです。

そもそも一族郎党全て滅ぼす発想。

これは時の権力者から始まっていて、大衆に伝播していった感じもあるのですね。

いずれにしてもこの時代では、一族同士の対立構造、そして呪詛をかけあう。
これはスタンダートなのでした。

Ⅰ.した事はされる、という事が判っていなかった

彼は僧であったものの、因果の事をよく判っていないようでした。
僧という肩書きは手段でしかなかったようです。

私は、彼にこう言いました。

「した事はされるのは、判っていますか?例えば、愛人間で子供をたくさん作っていますが、もし、自分が子供の立場を受け入れる事ができますか?」

「それは、できない。」

と勝手な事をいっているのです。

また、実は両親が自身の人生の中でいきなり殺された。
これも、実はその前のカルマがあったのです。
この段階ではその実感を持っていないようでしたが、実はそれは半分は正解だったのです。

ですが、彼の苦しみは解決した訳ではありませんでした。

Ⅱ.親兄弟の思いは一人一人違うもの

一族内でも親子であっても同じように考えているとは限らない。
さらに兄弟になれば、さらにそれは顕著になります。

つまり、相手一族も自身に対しての思いは同じとは限らないのです。

恨みを持っている人もいれば、慈愛の思いを持っている場合も。
兄弟なんか全く別で普通ですし。

私は今世でも兄弟の裏切りを受けましたが、一族間同士でも思いは同じと決まっていないのです。
むしろ、親・兄弟、その思いが違いすぎる事で苦しんでいる人もたくさんいるのです。

これを強く言ったのですね。

すると彼に大きな変化が現れたのでした。
「私はとんでもないことをしてしまった」

この時、恨むべき相手でない人まで呪詛の対象にしてしまった事にやっと気付いたのでした。

やがて、深い後悔の念が出てきたのです。

現代でもそうですが、一族郎党、子々孫々恨み続ける話が無くなった訳ではありません。
彼は生まれつきその価値観がスタンダードでしたし、時代そのものの価値観でもスタンダードでした。
時代の常識に巻き込まれていた部分があったのです。

恨みの怖い所、それは思いと関係の無い人まで巻き込んでしまう事もあるのですね。

彼はその本質的な部分の矛盾、間違いにようやく気付いたのでした。

Ⅲ.解決法の伝達

「今後私はどうすればよいのだろうか」

と聞いてきた彼には、次の3つの事をを伝えました。

●まず、呪詛にかけた相手にお詫びをする。
●自分の反省、経験談を書に残す。
●自分の反省、経験談を説法で伝える。

この時、私の首の痛みが無くなったのでした。

その後彼の活動も変わったようです。
ここでひとまず、この前世は終わったと思ったのです。(2019年3月26日)

5.後から判った事

転生回数164回目。出生地、住まいは主に奈良。時代は奈良末期~平安初期。

ここまでは、2019年3月26日の段階で判っていました。

しかし、今回もうちょっと深い所まで調べた結果。
皇族に絡む勢力争いに関わっていた事が判ったのです。

どうも、自身はこの時、早良親王側についていたようだったのです。

祇園祭が始まるまでのいきさつ

早良親王側の存在は時の政権より、闇に葬られたのでした。

早良親王は、桓武天皇色の強い奈良朝から離れる為、長岡京(784年)に自分達の都計画を進めいたのです。
但し、遷都ではなく、奈良朝と並行して存在させる目的性が強め。南北朝的な意味合いで造られたのでした。

ところが、平安京(794年)を桓武天皇が擁立する事を目標とし始めます。
こちらは、南北朝に分けるのではなく、王朝は1つというもの。そして権威を示す意味もあり、長岡京は滅ぼし、京都に遷都するだけの財力を示す為という意図もあったのです。

この10年間は壮絶な呪詛戦が起こります。

実は、長岡京を擁立する以前から早良親王対桓武天皇の敵対化は凄まじく、前世の両親は長岡京を擁立する前に葬られていたようでした。なお、平安京の擁立時には、早良親王一族は殆ど全滅状態に。
また、桓武天皇側は武力も行使し、長岡京を火の海にしたのです。ですから、現代でも長岡京その跡は殆どが残っていません。

結局、桓武天皇側の勝利。で京都に正式に遷都されます。

ですが、その直後、京の都で飢饉や病、天災が起こるようになります。

これは呪詛戦は終っていない証拠でもあったのです。
私もその内の1人でしたが、他にもたくさん仕掛けた者が居たようでした。
私以外でも、苦しい思いをした人はかなり多く居たようです。それはかなりの人数ですね。
一族的な含み方をすれば数千名規模だったようです。史実には残らない話ですが、それくらい双方の呪詛戦は凄まじいものでした。

その後、早良親王の祟りを鎮める為に祇園祭りが始まります。

しかし、その主たる原因は一族間の抗争。その間に生まれた恨みの念にあるのです。

しかも、平安京擁立後、30年程は呪詛戦はまだ続いていたのです。

実は、この平安京の沈静化。それは、祇園祭というよりは、一族間同士での謝罪が一部であったようで、それにより沈静化が進んでいったようです。ですが、勿論全て沈静化されていった訳でもありません。

祇園祭はそもそも呪詛戦を鎮める意味合いが強く、10年程で一旦止めたのです。

ですが、その後再度飢饉、病、天災が復活。全ては終わっていなかったのです。

これは止めてはいけないという事でその後ずっと続くようになったようですね。
呪詛戦の怖い所は子々孫々まで永代まで続くものもあるという事です。

祇園祭り、それは呪詛戦を鎮めるという意味が多分に含まれているのです。

後、昨年書いていた、2019年7月14日、宮島の旅。
始まりと終わりは祇園祭。
この謎が解けてきました。

前世の旅 広島 宮島 ① 始まりと終わりは祇園祭~三鬼堂の謎
前世の旅 広島 宮島 ② 始まりと終わりは祇園祭~三鬼堂の謎

そう、宮島も呪詛戦の舞台でもあったのでしょうね。
私にとっても、精神的な因果がとても強かったのです。

6.10ヶ月ぶりに会ってみた

2019年3月21日、23日、26日と、3日かけて浄化した彼でしたが、その後、判った事があったので、伝えたくなり会う事にしました。

2020年1月11日、この記事をアップする前日ですね。10ヶ月ぶりの再会です。

特に自身の親が若くして殺された事についてずっと疑問だったのです。
自身の前世にもそのような事をした事があったのか。しかし、そのような原因になった行為。
やっぱり無いのですね。

これはやはり人の前世からのカルマでは無く、・・・そう。
そもそも一族間抗争は動物時代の前世から引き継いでいたものだったのです。
参考3.動物時代の前世

この動物からの前世。カルマを引き継いできた事は、実は伝える前から、彼も察していたようです。

それよりも、一番苦しんでいた事。それは、

どう償ったらよいのか。

という事です。どうしても罪悪感が拭えないようでした。

私はこれしかないと思って、こういいました。
「相手に対してこれまでと逆の事をする。子々孫々の繁栄を願う。」

すると彼は
「自分の両親を殺した相手もなのか?」

私はこう返しました。
「相手も、自分と同じですよ」

「それと、もう1つ、恨まなくなる事を祈ってください。誰もがです。争いが無くなりますから。」

こうして、約1年ぶりの再会の話は終わりました。

ただ、この時の私もこう思ったのです。
「まだ、大切な何かが伝えきれていない」

7.まとめ

呪詛戦は本当に苦しいものです。
ですが、争いの原型は呪詛戦と言っても過言ではありません。

私に関しては、子々孫々相手の勢力について呪詛をかけていたのです。
はるか昔の前世でしたので、最初、そんな前世あったんですか?という感じでしたが。

一方、その気持ちも判らなくはありません。しかし、それは相手も同じ。

また、このような前世のカルマ、一族同士の対立は動物時代の前世から続いている事が多いのです。
猿、狼、ライオン。後、馬とか牛といった草食動物でも。哺乳類ならほぼ一律にあります。
勿論、鳥、魚、虫。全てにおいてよく見られるものですので、その感覚は転生の過程では非常に自然なものなのです。

参考3.動物時代の前世

ですが、一族間でも個々それぞれ思いは別々なのです。

個々の世界を理解する。
これってまず、人間ならでは世界観でもあるのですね。

個を認める。確かにこの事ができるのは、転生の中では人間からかもしれません。

後、もう1つ。
恨まなくなる事の重要性ですね。

実は、恨みという感情は虫~動物にかけてはスタンダードな感情でもあるのです。

ですから、人間に転生前半辺りでも、そのカルマをダイレクトに引きずる事は多いのですね。
いや、私に関して言えば、805回の転生までずっとですよ。
その上の世界に行ったとしても、ある意味永遠に重要なテーマのようにも思っています。

また、動物界ではそうでなくとも、人間界では、恨みの持つ力。
いよいよその責任もより大きなものとなっていきます。

動物界の争いは地球を滅ぼすまでには至りませんが、人間界での争いは、現代では地球上の生命体全て、もっと言えば地球そのものを滅ぼすだけの力を持っているのですから。

この原因を追究する。というのは人間だからできるものですし、その結果、恨む事の馬鹿ばかしさ。にも繋がっていくのです。恨みだすと延々ループで苦しみ続ける事が判ってくるからです。

それは全ての人が前世でも経験済みなんですけどね。動物の前世を経ていない人なんていませんから。

ですから、
恨まなくなる。

これは人として、当たり前のように思われがちですが、そもそも人間だからできる事ですし、学べる事なのです。
動物の段階でも稀に恨みの感情を手放せるケースもあるかもしれません。その場合、聖獣経験をする事もありますが、やはり少数派でしょう。

現代は光が強くなってきていますので、このような負の感情、感覚を一旦受けている人は多いと思います。
夫婦。恋人。親子。兄弟。職場での人間関係。学校での人間関係。

もし、現在、恨みの感情、で苦しんでいるのであれば、またその思いが顕在化してきたのであれば、是非前世療法。もしくは前世ヒーリングを受けてみてください。

恨みの感情を手放せるきっかけになると思います。

それは周囲の人間関係に大きな変化を及ぼす事にもなるのです。
(前世で絡んでいる周囲の人達にその影響が及ぶことになるのです)

<<前に戻る
>>次に進む
カテゴリートップへ戻る
前世の法則トップに戻る

タイトルとURLをコピーしました