元津神ナルトの秘密のマンデラ・エフェクト 松の巻②-3 2023年10月3日現在

人類滅亡シナリオ回避の為、御神示をお読みください

松の巻の後半では、此処(九九)の世界について、伝えて始めています。
それは、この後の世について、です。

それが、ウタとして、マンデラ・エフェクトで現れ始めているのです。

そのマツ(真通)の巻の、最後、に伝えられているのが、慢心、への注意でした。

合わせて、今現在、御自身の中の慢心の浄化を進める時となっています。慢心しますと、他のかへ身魂を使うことになっていくのです。このようにして、この後、御自身の我の改心に応じて進む道が分かれていくのです。

神様は、最後まで試しに試しますので、気を引き締めて、この後に進む事が求められていきます。

ですが、そう簡単に改心は進む事はありません。生前から何千、何万転生、何十万年単位で騙されてきた事もあります。

ですから、早よう、の改心を求められているのです。早くて三年ですが、実感としては、七年でも早い方で、十五年位かかる、と思ってください。それ位、人の心の改心、簡単ではないのです。

それでは、松の巻、三つ目を御伝えします。

目次

7.第十一巻 松の巻 第二十帖 (三一一)~第二十二帖 (三一三)

Ⅰ.此処(九九)まで来れば、大丈夫です

第二十帖 (三一一)
此処まで来れば大丈夫ざぞ。心大きく持ちて焦らずに御用せよ、饌(け)にひもじくない様、身も魂も磨いておけよ。

此処(九九)まで来ますと、大丈夫です。
九の二二の仕組みの段階まで早く進んで下さい。
そして、九の神様と共に、生活を神示(フデ)として下さい。

九の二二の仕組みに進まれているのであれば、心(九九六)大きく持ちて、焦らずに御用を進めて下さい。
今できる一日一日の事を着実に進める以外にありません。

饌(け)、とは、供え物の意味がありますが、九九でもあります。
九の二二の仕組みに、ひもじくない様、にして身も魂も磨いて下さい。

身は菜食化、不食化へ。
魂も、生前からの悪い癖の浄化をはじめ、洗濯、掃除、改心を、無理なく次々進めて下さい。

今日、明日で一気に変わることはありません。
時間がかかりますから、一日も早く進めて下さい。

Ⅱ.答えは天と地に現れています。悪の霊力、利かない時に来ています

第二十帖 (三一一)
もう何事も申さんでも、天と地にして見せてあるから、それよく見て、改心第一ぞ。悪は霊力が利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ。

誰がなんと言わずとも、天地に全てに現れていますから、それを見て改心を進めて下さい。

マンデラ・エフェクトも、瞬間時空間切り替えによって、地震回避、ミサイル回避。何度もしてきています。
また、日本列島も、東南海からの津波に備えた変化を起こしてゐます。

大地も、地球全体で、緑地は拡大しましたが、それだけでは間に合わないところに居る事も間違いありません。

それ以外にも、周囲に様々変化起こっている方も居ると思いますが、それが、改心に向けての現れです。

悪は霊力が利かないようになってきているのが判っていると思います。
最後のあがきをしています。

私の身の周りでも、今現在、この事に直面している事にもなっています。

Ⅲ.人助けると、その人は神助けます

第二十帖 (三一一)
人助けておけば、その人は神助けるぞ。神界と現界の事この神示よく分けて読みて下されよ。これから愈々の御用あるぞ。皆の者も同様ぞ。

人を助けておけば、その人は神助けます。
逆に、人助けませんと、我を助けてくれと申しても、無理なのです。
神様にも、道は曲げることはできません。

神界と現界の事は、御神示読めばよく分かりますが、それは、御自身の現在の我に応じた神々様が現れるようになっています。我が悪神様のままですと、どのような神々様でも、悪に感応した神様になってしまうのです。

ですから、御自身の我の、洗濯、掃除、改心が必要なのです。

これから愈々の御用に入っていきます。

それは、例外なく、どのような方も同じです。

Ⅳ.お神山(やま)作る時は、どちらからでも拝めるようにしてください

第二十一帖 (三一二)
旧九月八日からの祝詞は初めに、ひとふたみ唱え、終りに百千卍(ももちよろず)宣(の)れよ。お神山(やま)作る時は、何方(どちら)からでも拝める様にしておけよ。一方から拝むだけの宮は我れよしの宮ぞ。

旧九月八日からの祝詞、宣れる方は宣って下さい。

お神山(やま)とは、八の真、それは様々な可能性があります。
創造主もありますし、まことのほっこんの改心もあります。
それは、あらゆる方向から拝める様にしておく必要があります。

一方から拝むだけでは、どうしても我良しの宮となります。

それには、改心が必要、です。(特に分け隔ての改心が必要、の方が多いです)

Ⅴ.愈々の、この後の様相について。行と共に神徳貰わないと判らないようになっています

第二十一帖 (三一二)
何もかも変へて仕舞ふと申してあろうが。神徳貰へば何事も判りて来るのざぞ。要らんもの灰にするのざぞ。息乱れん様にせよ。

何もかも変へて仕舞ふ、というのは、既に、小規模マンデラ・エフェクトは起こっていますから、大体判っていると思います。

地図の変化、歴史の変化だけでなく、人体、生態系まで変わってきています。
更に、行を進めていきますと、日々、身の周りから世界は更に変わって行きます。

それは、行と共に、神徳貰っているから、判って来るのです。
ですから、一刻も早く行を進めて下さい。というのはそういった事です。行じない琴には判りません。

また、行と言っても、当人はそうは思っていても、神の御用をしていない事。させて頂けない事もよくあります。
神の御用に進むまでにも、時間がかかる事もあるのです。
だからこそ、一刻も早く、なのです。

要らんもの、灰になります。

行が進んで行きますと、大きな負荷を徐々に受ける事になりますが、息乱れない様にして下さい。
朝の礼拝で息乱れる時は、乱れが止まるまで、祝詞をウタってください。その日の災厄を回避して貰ってください。

Ⅵ.楽してゐた守護神は大峠越せません。肉体あるうちに改心を進めて下さい

第二十二帖 (三一三)
世変りたら生命長くなるぞ。今迄 上にあがりて楽してゐた守護神は大峠越せん事になるぞ。肉体あるうちに改心しておかんと、霊になっての改心なかなかぞ。

世(四)が変わりたら生命長くなるぞ。
とありますが、2023年現在、既に世界中で、寿命は長くなってきています。

それは、四の意味が変わってきているからです。

しきまきや、の強い世に変わってきているのです。
コロナの思念を喜びの力に変えられている方はさらに長寿になっていくでしょう。
立体に入っている方は、限定された、死の世界では無くなりつつあるのです。

今迄、上にあがりて楽してゐた守護神は大峠を越せん事になります。
苦を苦で無くす、九の行ができていない為です。

肉体あるうちに改心しておかないと、霊になっての改心はなかなかです。
何故なら、行によっての改心が難しいからです。

生きている内でないと、改心は難しく、半霊半物には、中々進めないようになっています。

Ⅶ.悪の改心だけでなく、善の改心も済んだ世が、光の世です

第二十二帖 (三一三)
悪も御苦労の御役。此の方について御座れ。手引いて助けてやると申してあろが。悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ。

悪も御苦労の御役です。
ですが、勿論、悪のままでも、大峠は越せません。
悪を悪で無くす、九の神様でないとこの後は進めないのです。

ですから、此(九)の方について御座れ。とあります。
手引いて、助けてやる、と申されているのです。

また、悪の改心、だけでなく、善の改心も進めて行かないとなりません。

善悪のない世が、光の世となります。
それは、全てがまつりあった、また、祓ひが済んだ、弥栄の世界になります。

8.第十一巻 松の巻 第二十三帖 (三一四)~第二十四帖 (三一五)

Ⅰ.この後、の世についてのウタ① 日月地、初め、三神が世に出づる

第二十三帖 (三一四)
国々所々に、神人鳴り動く、道は世にひらき極む、日月地 更に交わり結び、その神々ひらき弥栄え、大地固成、まことの神と現はれ、正し、三神は世に出づ、ひふみと鳴り成るぞ。

このようなウタは以前は無かったと思います。
これもマンデラ・エフェクトで現れた文面と見ています。

国々所々に、カミヒト、成り動く、事から始まります。
既に、今現在、そのような状況になってきています。

道は、世(四)にひらき極むところにあります。

日月地、の三つが、更に交じわり結びます。

その神々ひらき弥栄していき、大地固成り、まことの神と現はれます。

正し、三神は世に出づ、ひふみと鳴り成ります。
正しは、但し、もあると見ています。

三神とは、日月地もありますが、御三体の大神様もありますし、御自身の中の三神もあります。

それは、ひふみ、と共に鳴り成ります。

Ⅱ.この後、の世についてのウタ② 永遠の世光ることは、大地に充ち満つるようになる

第二十三帖 (三一四)
正しくひらけ弥栄へて更につきづ、鳴る道に成り、交わる。永遠の世光ることは永遠の大道、息吹き大地に充ち満つ道。

正しくひらけ、弥栄へて、更につき(二)づ、鳴(七)る道(三)に成り、交わります。

永遠の世(四)光ること(九十)は永遠の大道、息吹き大地に充ち(三千)満つ(三つ)道。

満つ道、とは、三が道、新たな道もありますが、三つの地、三つの道、もあるとも言えます。
三界の交わり、も意味していると見ています。

永遠の世光ること、とは、息吹き大地に、三が道、が満つ道。次々に新たな道が生まれていく、段階があると見ています。

Ⅲ.この後、の世についてのウタ③ 苦より喜び出で、悉く歓喜弥栄ゆ

第二十三帖 (三一四)
展きてつきず、極まり成る神の道。苦しむ道をひらき、日月地に苦しむ喜び出で、神の国むつび、悉く歓喜弥栄ゆ。

ひらきて尽きず、極まり成る神の道とは、
苦しむ道をひらく事にあります。

日月地に苦しむ喜びが出でる事で、神の国(九二)むつび、悉く歓喜が弥栄していきます。

Ⅳ.この後、の世についてのウタ④ 小我(われ)死なねば、大我(われ)もなきままです

第二十四帖 (三一五)
早く早くと申せども、立体の真道に入るは、小我(われ)死なねば、大我(われ)もなき道ぞ、

早く早くと申しても、立体の真道に入るには、小我(われ)死なない事には、大我(われ)もなき道、とあります。

小我(われ)死な(四、七)ねば、大我(われ)(和〇)も無き道、なのです。

小我が、まず死ぬ事が求められています。
それは、しきまきや、新たな無、から始まります。

Ⅴ.この後、の世についてのウタ➄ 神々極まるところ、ひふみ、よろづ、ち、ももと、ひらく、歓喜の大道へ

第二十四帖 (三一五)
元栄えひらき鳴る神、元にひらき成る神、元津神日の神、極みきわまりて足り いよいよ月の神はらみ交わりさかゆ、成りむつび、神々極まるところ、ひふみ、よろづ、ち、ももと、ひらく、歓喜の大道、神々更に動きひらき栄ゆ。

この文面も新たに生まれているのですが、この後の歓喜の大道について伝えられています。

元(母十)栄え、ひらき鳴る神様、元(母十)にひらき成る神様、元津神、日の神様、極みきわまりて足り、いよいよ月の神様、はらみ交わりさかゆ、鳴りむつび、
とあります。

まずは、元にひらき成る神様、元津神日の神様、極みきわまりて足る状況、から始まります。
その後、月の神様が、はらみ、交わりさかゆ、成りむつび、
となるのです。

その後、神々様が極まるところ、ひふみ、よろづ(万)、ち(千)、もも(百)と、ひらく、歓喜の大道、神々、更に動きひらき栄ゆ。となります。

まずは、元津神、日の神様が、極み、きわまる処まで進む事が求められます。

Ⅵ.この後、の世についてのウタ⑥ 元津神のナルトの秘密について

第二十四帖 (三一五)
元津神のナルトの秘密、永遠に進み、いき、ひらき極む。元津大神かくりみ、次になる神かくりみのナルトぞ、富士栄え、火の運動き、うづまき鳴り、極みに極みて、地また大地動き、うづまくぞ、真理なりて極まり、鏡の如くなり、極まりて、動きひらき、極まりて大道、遂に成るぞ。

元津神のナルトの秘密、永遠の進み、いき、ひらき極む。

とあります。それは、いき、から始まります。

更にですが、元津大神かくりみ、次になる神かくりみ、のナルト、とあります。

元津大神様、はかくりみ、です。御自身の身体にあるのです。
その次に神様のかくりみのナルトの動きが起こります。

このようにして、富士(二二)は栄え、火のうごき、うづまき鳴り、極みに極みて、地また大地動き、うづまく、流れとなります。

真理なりて極まり、鏡の如くなり、極まりて、動きひらき、極まりて大道、遂に成るのです。

9.第十一巻 松の巻 第二十五帖 (三一六)~第二十七帖 (三一八)

Ⅰ.ムに返れば、見え透くようになります

第二十五帖 (三一六)
ムからウ生れ、ウからム生れると申してあるが、ウム組み組みて、ちから生れるのざぞ。今度の大峠はムにならねば越せんのざぞ。ムがウざぞ。世の元に返すのぞと申してあろが。ムに返れば見えすくのざぞ。風の日もあるぞ。

ムからウ生れ、ウからムが生まれるのですが、
ウム組み組みて、ちから生まれるのです。

それは、あらゆるところで既に現れていますし、御自身もその体験を様々積み重ねていく事で、この事がよく分かってきます。

今度(九ん土)の大峠は、ム、にならねば越せないのです。

それは、心だけでは無さそうです。3次元的にも、ムにならなねば越せないのです。

ム、が、ウ、ですから、ム、と、ウ、は同じところがあるのです。

ムに返れば見え透くようです。

風の日も、このような事があります。

Ⅱ.カイ奥山開き結構です

第二十六帖 (三一七)
カイ奥山開き結構々々。奥山 元ぞ。中山は介添(かいぞへ)ぞ。国々おつる隈(くま)なく つくり呉れよ。

カイの仕組みから、富士の仕組みから、奥山を開いてください。

奥山開きは、結構です。山とは、八真、です。

奥山は、様々意味がありますが、永劫の過去の奥山。の他に、
おくやま(七二、九、真、九二)。シチニの神様から、九の二二の仕組みによって、真の九が現れる、といった事もあります。

また、3次元的には、日本では、山口県が、奥山。かな、という動きがあります。
この地は、昔より、大陸側との間で、様々、争いを繰り返してきた地、という事もあります。

他にも山形県や、山梨県、和歌山県、富山県、という方も居ると思います。

中山は介添え、とありますが、都道府県なら、岡山県、が中山、と見ています。
確かに歴史的には、思念的には介添えの地です。壇之浦の時の被害、初め、日本の歴史では何度も繰り返してきた朝鮮出兵時、壬申の乱始め、中央に向かう負の想念が、常々、蓄積されてきた地、という事もあります。

3次元的にも、思念的にも、奥山が元で、中山は介添えは間違いなさそうです。

国々(九二九二)、お(七二)つる隈(九真)なく、作ってください。
シチニの神様から、九の真、の九の神様を、御自身の行によって産み出してください。

Ⅲ.一の宮から七の宮。神まつってください

第二十六帖 (三一七)
一の宮ばかりでないぞ。二の宮、三の宮、四の宮、五の宮、六の宮、七の宮まで、つくりてよいぞ。何処(いづこ)にも神まつれと申してあろが。てんし様まつれと申してあろが。まつり結構。まつればよろこぶこと出来るぞ。

一の宮ばかりではなく、二の宮、三の宮、四の宮、五の宮、六の宮、七の宮まで、作ってください。

宮(三八)とは、三が道から産み出された神様です。

ですが、八、九、十、は無い、という事が鍵を握っています。
八、九、十、は御自身で産み出して行くのです。

此の世は、一、~、七、までの色が強くあります。それは音階の七にも現れてゐますし、虹の七にも現れてゐます。また、一桁では、最後の素数が七、でもあります。

一方で、八~十、は、この世では、無の色が強くあります。
実は、八~十も、宮は、無として存在しているのです。それがイワト(一八十)ひらきです。

このようにして、何処にも神様を祀ってください。

てんし(・四)様を祀ってください。

神の心から、しきまきや、を起こして下さい。

まつり結構です。まつればよろこぶことができます。

Ⅳ.七つに裂かん仕組が始まってゐれば順調です

第二十七帖 (三一八)
天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿河灘(するがなだ)、富士を境に真二つ。先づ切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。

天も地も一つにまぜし大嵐が、この後起こりますが、攻め来る敵は、駿河灘(するがなだ)にあります。

その後、富士を境に真二つ。となります。
二二の仕組みです。

実際、チリヂリバラバラの動きが、私の周囲では始まってゐますが、確かにこの通り、先ず、切り取って残るもの。七つに裂かん、仕組、となっていると見ています。

これは、頭で考えても、分からない仕組です。神学なのです。行じて進んだ結果、この通りになってきているのです。

この動きが、私の周囲で、既に始まっています。

神の申す通り、素直に行じていきますと、書いてある事が実現していきます。
ですから、その時になって、御神示に書いてある事が、分かるようになっています。

Ⅴ.夜明けの御用つとめれば、富士は晴れます

第二十七帖 (三一八)
されど日本は神の国。最後の仕組神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らずのうにする。夜明けの御用つとめかし。晴れたる富士のすがすがし。

されど、日本(にほん)は神(十)の国(九二)です。

最後の仕組みとは、神力によって、寄せ来る敵を、魂まで一人残らずのう、にするようです。

寄せ来る敵は、無くなる、とも捉えられますが、実際には、のう、ウ、の動きが始まる可能性があります。

つまり、敵とは、全く別の存在として現れるのです。

それは、実際、私の中で既に、小さな型出しとして実体験をし始めています。

これが、夜明けの御用、でもあるのですが、まずは、小さな所から一つ一つ、御用を進めて行く必要があります。

晴れたる二二のすがすがし、とあります。その段階に近づいている方は近づいています。

10.第十一巻 松の巻 第二十八帖 (三一九)~第二十九帖 (三二〇)

Ⅰ.保食(うけもち)の神様を、まづ祀ってください

第二十八帖 (三一九)
保食(うけもち)の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ。煎(ゐ)り豆 花咲く目出度い時となってゐるのに何して御座るのぞ。いくら人民の尻叩いて野山切り拓いても食物三分むつかしいぞ。

保食(うけもち)の神様、祀らづに、いくら野山拓いても、物を作ることができません。

ゐり豆、花咲く(八七三九)めでたい時となってゐるのに、何して御座る、と伝えられています。

いくら、人民の尻叩いて野山(九一、八、真)切り拓いても食べ物三分難しいとあります。

この文面は昭和20年7月頃ですから、既に、食べ物は不足していた時代ですが、それでも三分はあったと見ています。

本来は、それ位、飢餓の世界だったと見ていますが、これを、マンデラ・エフェクトで好転させてきたのです。

そして、それは、これからも来る可能性が高めです。

まずは、保食(うけもち)の神様を祀ってください。
人民の力では、限界があるのです。

Ⅱ.神々様、産土の神様をまつらないと何事も成就しません

第二十八帖 (三一九)
神々まつれと申してあろが、野拓く時は野の神まつれ。物作る時は保食の神まつれ。産土の神様にもお願ひしてお取次願はな何事も成就せんぞ。

ですから、神々様にはまつってください。

野拓く時は、野の神様をまつってください。
物作る時は、保食の神様をまつってください。

産土の神様にもお願ひしてお取次願はな、何事も成就できない時にきています。

問題が起こってから、その時になってからでは手遅れですから、
まずは、産土の神様にもお願ひする処が始まりですし、神々様にも祀ってください。

Ⅲ.人民の学や智ばかりでは何もできません。早よ改心第一です

第二十八帖 (三一九)
人民の学や智ばかりで何が出来たか。早よ改心第一ぞ。山も川も野も人民も草も木も動物虫けらも何もかも此の方の徳であるぞ。それぞれの御役あるのざぞ。学や智捨てて天にむかへ。地にむかへ、草にむかへ、生物にむかへ、木にむかへ、石もの云ふぞ。草もの云ふぞ。

人民の学や智ばかりで何が出来たか。とありますが、これも、行をしないと判らないようになっています。
段階が進んでくる事で、行じ、省み、生前から騙され、知らず知らずの内に、罪、穢れ、過ちを繰り返してきた事。
この事を実感する事ができるようになります。

その為には、早よ改心第一、とあります。

山も川も野も人民も、草も木も動物虫けらも。
何もかも此(九)の方の徳(十九)です。

それぞれの御役があるのです。

学や智、捨てて、天に向かってください。
人の学や智は、限界があります。むしろ、神の学、神の智を阻害し続けてきたのが実際のところです。
神の学、神の智でないとこの後は進めません。

地に向かってください。

草(九三)に向かってください。

生物(イキもの)に向かってください。

木(二二)に向かってください。

石(一四)(意志)もの云ふ時が来ます。

草(九三)もの云ふ時が来ています。

Ⅳ.豊受の大神様お山の富士に祀り、箸供へてください

第二十九帖 (三二〇)
豊受の大神様お山の富士に祀り、箸供へてお下げした箸、皆に分けやれよ。饌(け)に難儀せん様 守り下さるぞ。仕組 少し早よなったから、かねてみしてあった事 八月八日から始め呉れよ。火(ひ)と水(み)に気付けよ。おろがめよ。

まずは、豊受の大神様、お山(七二、二五、九二)の富士に祀ってください。

シチニの二二の仕組み、不二の動き、九の二二の仕組みとして下さい。

その後、箸(八四)供へてお下げした箸(八四)、皆に分けてやれよ。として下さい。

新たな神様(八)、をしきまきや、として更にまた産み出し続けて下さい。

気(け)(九九)に難儀せん様、守ってくださいます。
永劫の未来に起こる難儀が無くなっていくのです。

仕組みは少し早くなったようです。
かねてみしてあった事、八月八日から始め呉れよ、とあります。

既に過ぎている方もいますが、それは、八、の意味を変えて下さい。という事です。
そして、月(二)日(一)、と表して下さい。

まだの方でも、一年はあっと言う間に経ちます。今すぐにでもできるところから始めて下さい。

ですから、火(ひ)(一一)(永劫の過去)、水(み)(七二)(三が道)に気付けよ、とあるのです。

この事を意識して拝んで下さい。

Ⅴ.神様は、とことんためすので、そのつもりで、お陰を落とさないようにしてください

第二十九帖 (三二〇)
キの御用大切ぞ。ケの御用大切ぞ。クの御用大切ぞ。神は気引いた上にも気引くから、とことんためすから、そのつもりで、お蔭落さん様にせよ。

キの御用は、二二、四二、木、気の御用です。

ケの御用は、二四、九九、気、の御用です。

クの御用は、二三、六五、苦、九、の御用です。

全て大切な御用です。

神様は、気引いた上にも気引きますので、とことん試しますので、そのつもりでお陰を落とさないようにして下さい。

Ⅵ.慢心すれば、かへ身魂使ふので、気を付けて下さい

第二十九帖 (三二〇)

●二十五柱 役員ぞ。慢心すればかへ身魂使ふぞ。この巻 松の巻。

役員は、二十五柱になるようです。

ですが、慢心しますと、かへ身魂を使ふ事になります。

かへ身魂は、幾らでもありますから、油断しますと、すぐに変えられてしまういます。

今現在、私の中では、この八月九月、で伝えられた事。
周囲の世界に現れてゐるテーマ、とは、慢心。です。

そして、御自身の慢心。生前からの悪い癖を治して行く事が求められています。

松の巻の締めくくりが、慢心、だけに、気を付けて、洗濯、掃除、改心を進めて、今の御自身を、磨き続けて下さい。

生前から気付かずに続いていた、慢心、と向き合う事が非常に重要な時、となっています。

まとめ 第十一巻 松の巻②-3

松の巻の最後は、慢心しますと変へ身魂を使う締めくくりでしたから、今現在、御自身の生前からの悪い癖、慢心。と向き合う所に来ています。洗濯、掃除、改心は簡単ではありませんし、時間がかかるものです。

ですが、此処(九九)まで来れば大丈夫です。
九の二二の仕組み、苦を苦で無くす事を、生活を神示(フデ)として、九の神様を産み出し続けていけば、身魂磨きも、着実に、無理なく進んで行く事になります。

今現在、もはや、悪の霊力は利かない時に来ており、その答えは天と地にも現れています。
実際、直近では、ニューヨークでは大洪水に見舞われました。

その為にも、人を助ける行が、常に基軸です。それと共に、御自身の我の、洗濯、掃除、改心が進むのです。

この後は、何もかも変へてしまうのですが、神徳(真十九)貰わない事にはこの後の事は判りません。
要らんものは、81となります。肉体ある内の改心が求められます。

そして、悪の改心だけでなく、善の改心も求められ、善悪の無い世と進んで行くのです。

この後の世とは、松の巻には、ウタとして遂に現れ始めています。
国々、所々のカミヒトが動くの始まりで、日月地、更に交わり結び、地固成、まことの神と現はれ、正し、三神は世に出づ、ひふみと鳴り成る、流れが起こります。
それは、苦しむ道をひらく事が始まりで、日月地に苦しむ喜びを出づる事が鍵を握ります。

その際、小我(われ)が死なねば、大我(われ)も無いのです。

このようにして、元津日の神様が極み極まりて、月の神様はらみ交わり、神々様が極まる処より、歓喜の大道がひらき、栄えていきます。

元津神のナルトの秘密、は、元津大神様がかくりみ、火の動き、うずまき成り、極みに極みて大地が動き、うづまき、極まりて大道、遂に成るようになります。

ムに返れば見え透くようになります。
カイの奥山を開いてください。

一の宮から七の宮を開き、七を裂く仕組を体験し、八から十を産み出す、イワト開きを進めて下さい。

夜明けの御用つとめれば、富士は晴れます。

保食(うけもち)の神様、産土の神様、神々様を祀りて下さい。
人民の学や智ばかりではどうにもなりません。改心進めて下さい。豊受の大神様、お山の富士に祀りて下さい。

神様は、気引いた上に、気を引いた上で、とことん試します。
そのつもりで、行を進めて下さい。

慢心しますと、かへ身魂を使います。

今現在、生前から続いてきた、御自身でも気付かない、慢心、と向き合う所が求められています。気を付けて、洗濯、掃除、改心を進めて、今の御自身を、磨き続けて下さい。

修業守護の神々様、役員守護の神々様、天の日月の大神様、五柱十柱の神々様、地の日月の大神様、世の元からの生き神様、百々諸々の神々様、いつも御守護頂き、ありがとうございます。

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