前世歴史探訪

前世歴史探訪前世歴史探訪

主に前世ヒーリング以外で、独自で前世で繋がっていって判った事を中心に記載したものです。

前世の記憶に、どこかに繋がるだけでも20%程は浄化されます。

前世の出来事でも、多くの人の心に訴えかけるもの。
大事な何かを忘れているもの。
今、現在訴えかける事が重要と思ったもの。

あなたの心の浄化に、繋がると思ったものを中心に書いております。

前世歴史探訪 その1.大化の改新645年 闇の時代の始まり
前世歴史探訪 その2.白村江の戦い663年 様々な所で対立が激化
前世歴史探訪 その3.壬申の乱672年(前編)始まりは兄弟の対立
前世歴史探訪 その4.壬申の乱672年(後編)被害者同士の戦い
前世歴史探訪 その5.関が原の戦い1600年 壬申の乱と型は同じ、歴史は繰返す
前世歴史探訪 その6.千利休事件1591年 豊臣秀吉を動かした真相
前世歴史探訪 その7.本能寺の変1582年 願いは愛の日本統一(前編)
前世歴史探訪 その8.本能寺の変1582年 願いは愛の日本統一(後編)
前世歴史探訪 その9.信長上洛1568年 無血での上洛
前世歴史探訪 その10.信長上洛1573年 協力・演技で平和へ導く

前世歴史探訪 その11.西日本統一1588年 足利義昭、影の協力者
前世歴史探訪 その12.卑弥呼250年~400年 複数いるその理由
前世歴史探訪 その13.羽柴秀吉、明智光秀の関係性
前世歴史探訪 その14.明智光秀、111歳まで生きたのは本当?
前世歴史探訪 その15.ピラミッドが、昔程高度なものが多い理由
前世歴史探訪 その16.桶狭間の戦い1560年 その真相とは
前世歴史探訪 その17.上杉包囲網1561~67年 織田軍の東征
前世歴史探訪 その18.今川氏真 戦わなかった大名こそ繁栄した
前世歴史探訪 その19.太原雪斎 死んで生き、平和実現へ
前世歴史探訪 その20.西の雄 三好長慶 ~1564年

前世歴史探訪 その21.細川幽斎 覚醒期 1568年~
前世歴史探訪 その22.細川幽斎 織田信長とひふみの法
前世歴史探訪 その23.明智光秀 戦いでは透視とテレパシーを使う

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前世歴史探訪 その23.明智光秀 戦いでは透視とテレパシーを使う

明智光秀が評価されるのは、織田信長がひふみの法により霊的能力が上がってからです。明智光秀はそもそも透視能力を持っていましたが、ひふみの法を試してからはテレパシー能力が開花し、その後は戦いの指揮でも効果的に発揮する事となります。
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前世歴史探訪 その22.細川幽斎 織田信長とひふみの法

1570年暮れ、細川藤孝は織田信長に霊的能力上昇のきっかけとして、ひふみの法を伝えます。その後、信長は独自に工夫を重ね霊的能力が格段に上昇する事となります。以降、戦いは減り、各大名とは交渉が増えていく事となります。
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前世歴史探訪 その21.細川幽斎 覚醒期 1568年~

細川幽斎が覚醒を始めた頃のお話です。1568年頃にはひふみの占術師と出会い霊的能力が覚醒していく事になります。また、実際の親子、妻の話、と違う理由。また、改名していく時の経緯、理由等も記載しています。史実とは全く違っています。
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前世歴史探訪 その20.西の雄 三好長慶~1564年

三好長慶は、若干11歳で元服後、摂津を中心に着々と勢力拡大をします。足利家を攻め落とした後、和合を図り、1559年頃は国内最大勢力にもなります。ですが、その後数年で一族は滅亡する事となります。それは負の感情の連鎖が原因だったのです。
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前世歴史探訪 その19.太原雪斎 死んで生き、平和実現へ

太原雪斎は死んだ事にして生きた後、東海地方から流れを変え、上杉包囲網の協力、東日本の平和に貢献する事となったのです。また、彼の生き方は織田信長、明智光秀も大いに学び、弟子であった徳川家康が江戸幕府を開くという不思議な流れを作ります。
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前世歴史探訪 その18.今川氏真 戦わなかった大名こそ繁栄した

今川氏真は徹底した平和主義者でした。一旦所領を失い、大名としての評価は低いですが、徳川家康との関係は深く、平和な江戸時代を迎える事となります。彼は長生きしただけでなく、子孫も徳川幕府の元公家役人として、不思議と繁栄する流れを作ります。
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前世歴史探訪 その17.上杉包囲網1561~67年 織田軍の東征

上杉包囲網とは、桶狭間の戦いの後、織田信長が東征を進めるに辺り実質的な目標となったものです。史実には残っていませんが、この流れによって、争いは極力少なく、多くの人の心を掴んだ織田軍に流れが来る事になります。
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前世歴史探訪 その16.桶狭間の戦い1560年 その真相とは

桶狭間の戦いの真相とは、多くの人の平和、愛の想いがあって成立したのでした。鍵を握る人物は、織田信長の他、明智光秀、さらには死んだ事にして生きた太原雪斎。この他にも美濃尾張や近郊の民衆達。さらには多くの家臣達になります。
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前世歴史探訪 その15.ピラミッドが、昔程高度なものが多い理由

ピラミッドの不思議は、昔のもの程高度という点にあります。ピラミッドの本質的意味は波動増幅装置なのですが、実は、宇宙の叡智を使った建造物だったのです。昔程その力を使っていますが、その起源は6000年前メソポタミア文明に遡るようです。
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前世歴史探訪 その14.明智光秀、111歳まで生きたのは本当?

明智光秀が天海上人として生きたとすれば111歳まで生きた事になるのですが、それはどうも本当のようです。秘訣は、徳を蒔く事と、後は楽しんでいる事のようです。実は、現代の多くの人も同じ流れになってきています。
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前世歴史探訪 その13.羽柴秀吉、明智光秀の関係性

戦国時代は謎が多いのですが、その謎を紐解くには、羽柴秀吉と明智光秀の関係性がよいと思いました。史実を読み解く上では、人の気質、性格、関係性、さらにその時に出てくる感情部分が重要です。どうしても、型として3次元史実として現れるからです。
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前世歴史探訪 その12.卑弥呼250~400年 複数いるその理由

卑弥呼(ヒミコ)の生まれ変わりと呼ばれている人は不思議と結構います。ですが、どの方も同一魂でなく、また、全てが嘘という訳もありません。実は、卑弥呼(ヒミコ)が現れたその理由。誰もが愛の覚醒をして欲しかったからのようです。
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前世歴史探訪 その11.西日本統一1588年 足利義昭、影の協力者

足利義昭は京を追放後、毛利家の元備後、鞆で幕府を起こします。和睦や停戦、上洛と様々な命を出しますが、全て織田信長と組んだ上の事だったのです。こうして、西日本最難関、毛利家を制し、西日本統一を無事平和に果たす事になります。
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前世歴史探訪 その10.信長上洛1573年 協力、演技で平和へ導く

1568年信長が上洛してから、近畿の争いが無くなるまでの5年間の話。この時、史実とは違い、足利義昭は間接的に大きな影響を与えています。信長包囲網は実は浅井包囲網だったのです。この時以降、近畿は平和の流れになっていきます。
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前世歴史探訪 その9.信長上洛1568年 無血での上洛

1565年、足利義輝亡き後、京都は混乱に陥ります。その際、足利義昭は織田信長を頼る事となります。実際に上洛は浅井長政と共にする事で無血で成功する事となります。その後、浅井長政と織田信長は敵対しますが、足利義昭はうまくとりまとめます。
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前世歴史探訪 その8.本能寺の変1582年 願いは愛の日本統一(後編)

織田信長・明智光秀は本能寺の変を起こす前に西日本諸大名と、鉄砲の提供を元に傘下・協力を要請していきます。そして、タイミングが揃ったのが1582年なのです。信長公は自身で本能寺に火を点け船から逃げ、光秀は逃亡前提で山陰に軍を進めます。
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前世歴史探訪 その7.本能寺の変1582年 願いは愛の日本統一(前編)

本能寺の変の真相は未だに明らかにされていません。織田信長、明智光秀はサイキック能力を伸ばし、未来を予測した結果。どうしても変えられないのが、秀吉の謀反でした。日本統一までの最善の方法、それは秀吉の思いに乗じる事だったのです。
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前世歴史探訪 その6.千利休事件1591年 豊臣秀吉を動かした真相

豊臣秀吉は、本能寺の変後、着々と日本統一を進めます。そして、謎の事件。千利休事件が起きます。その真相は、千利休の予知が変わってしまった。その原因が、生きていた織田信長、明智光秀。が関係していた。という事が判ったからなのです。
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前世歴史探訪 その5.関が原の戦い1600年 壬申の乱と型は同じ、歴史は繰返す

関が原の戦いと壬申の乱は型も原因も殆ど同じなのです。年数経過まで同じなのは驚きです。歴史は繰返すと言いますが、違いがある所が1点、敵対で終わったのか、愛の和合で終わったのかです。 ですから、その後の結果も大きく違うのです。
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前世歴史探訪 その4.壬申の乱672年(後編)被害者同士の戦い

壬申の乱の本質とは被害者同士の戦いだったのです。その後日本であらゆる場面でこの型が現れる事になります。それは、個々も同じで、結局負の感情連鎖を止める事が重要なのです。日本の岩戸を開けるのは、実は個々の思いに懸かっているのです。